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越雲龍馬

interview

pollyが11月4日、2ndアルバム『Four For Fourteen』をリリースした。これまでもシーンの趨勢や周りの状況に左右されることなく、常に自らの美学に基づいた表現を続けてきた彼らだが、今作から自主レーベル・14HOUSE.を立ち上げたことで、その純度はより増したように思える。と同時に、これまでで最もその美学に囚われすぎることなく、幅や柔軟さをもたせた創作を実現した作品でもある。以下のテキストは、フロントマンでありコンポーザーである越雲龍馬の単独インタビュー。彼の視点を通し、前作のリリースとツアーからほどなくして訪れたコロナ禍、レーベル設立、アルバムの制作と、この1年に起きたこととその心境を振り返る。

――前作『FLOWERS』のリリースが昨年の後半で、年明けにはワンマンがありました。そこから1年弱、誰しもが思いもよらない、思うようにいかない期間になりましたが、どう過ごしてました?

部屋にいなくちゃいけない瞬間が多かったので、外に出ることもなく、外に出すものもまだ無かったし、何が正しくて何が間違っているのかが分からずに、ずっと一人で頭を抱えていた印象しかないです。前作をリリースしてからも、ワンマンが終わって一回しかライブをできてないまま、すぐそういう期間になっちゃったから、ツアーで得たあれこれを出すどころか、2019年度はツアーを完走して終わってしまって。本当に、バンドがどこに向かっていけばいいのか、どこに向かっていかなくちゃいけないのかが、分からなかった時期が続きましたね。

――本来であれば新譜を出したらそのツアーを回って、イベントや対バンでもその新曲たちを演奏して、返ってきたリアクションに手応えがあったり無かったりして、そこから次に取り掛かるというのが一つのフローですよね。そこが十分にできないまま時間が過ぎていった。

そうですね。ツアーと、ツアーを終えてからのライブって、また違うと思うんですよ。自分たちのツアーと銘打って回っていたので、アウェーっていう感じもなく、ちょっとピリッと背筋を伸ばしながら過ごす日がほとんど無かったし、ふわっと終わった印象というか。その次にやるべきものがないときって、僕はこうなるんだなって思いましたね。

――一人で閉じこもる時間は、テンション的にはかなり沈みました?

沈んでましたね。自主レーベルでやるってなった瞬間でもあったので。そこから突破口が見えたのが、リアレンジしていく作業だったのかなぁ。

――自主レーベルでやるに至ったのは、どういう思いがあったんですか。何かを改善したかったとか、刷新したかったとかで言うと。

これを言うと角が立つかもしれませんが、良い意味で……レーベルに所属していると自分の意見だけじゃなく色んな人の意見があったりして。それによって自分の本当に思っていることがフィルタを通して世に発信されてしまったりとか、あとは自分の意思じゃないことに対して擦り合わせていくことに、違和感を覚え始めてしまったんですよ。

――ああー。

あとは単純に、自分の考えていることや理想像、美学みたいなものを純粋に、直接投げたくなったんですよね。ツアーをやって自分たちでライブハウスに電話したり、スタッフもいない状況でお客さんとコミュニケーションを取っていく中で、なるべくフィルタを通さずに自分で投げるのが本来あるべき形なのかもしれない、それをどうしてもやりたい、みたいに思ったのかな。自分の思い描いているもの――音楽だったりアートワークだったりに対して責任も持ちたくなったし、それを直接届けたときに見てみたいものがたくさんあったから、そういう決断をしました。けっこう、ポジティヴな感じではあるんですけど。

――レーベルに所属している方がやってもらえることは多いけれど、それを自分でやる労力よりも表現の純度を上げることを優先したかったと。

そうですね。やっぱり僕らみたいなバンドは純度が高くないと説得力がないと思うので。それにも気づけたんですよね。

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――レーベル名が“14HOUSE.”。アルバムタイトルにも“Fourteen”という言葉が入っているわけですが、14という数字は何か特別なものなんですよね?

すごく雑な話なんですけど(笑)、昔、僕サッカーやってて。ヨハン・クライフっていうオランダの選手がいて、(背番号が)14番だったから、僕もサッカーやってる時期に好んで14番を付けてたのもあって。クライフは思い描いたサッカーの美学=トータルフットボールっていうものを提示していて、そのサッカーが自分にはすごく美しく見えたんです。そういう美学を、ちゃんとバンドにも落とし込みたいなっていう気持ちがあって。……だから僕、14番にこだわるんですよね。ロッカーとか下駄箱とかってあるじゃないですか?

――居酒屋とかの。

そうそう。絶対14番(笑)。こだわっちゃうんですよね、結成日も4月14日にしましたし。

――クライフの美学は、今でもバルセロナのサッカーに息づいているわけですが、ああいう守りに入ることなく美しくパスを回して勝ちたい、みたいな部分が龍馬くんの音楽観とも通じてくると。

そうですね。レーベルを設立した瞬間から、自分たちがやりたくないことはやらないって決めたんですよ。今までもやりたいことをやってきてはいるんですけど、それ以上に、やりたいことは思ったときにやる、それが自分らの美学で。このバンドが多い時代にそれで勝ち抜いていきたいというか。そこでいろんな人に感動してほしいとか、それに対して自分も感動したいとか、そういう気持ちがあります。

――なるほど。ちょっと話は戻りますが、ライブが十分にできなかった3月以降の期間があったことで、前作に対するリスナーの反響が、いつもよりはわかりやすく届いてこないこともあったと思いますけど、『FLOWERS』はどんな作品だったと位置付けてますか。

すごくターニングポイントになった作品だと思うんですけど、そこにピークを置きたくなかったんですね。THE NOVEMBERSの小林さんと作っていったものがピークになってしまうと……なんというか、どうしても「小林さんの力だ」と思われたくなかったんですね、悪い意味じゃなく。今作を作る上での、ホップ・ステップ・ジャンプでいえばステップみたいな作品だなと思っていて、そこで得たものを今作ではちゃんと昇華しながら落とし込めたと思っているので、『Clean Clean Clean』と今作をつなぐ、間で両手を伸ばしてくれた作品でもある気がしますね。

――引き継いだものも多いですか。

もちろんたくさんあると思うんですけど、その反面、前作では光を見過ぎてしまった自分もいて。その光が、今の自分には見れないんですよね、どうしても。この時勢もあるだろうし、やっぱり自分は一人でボソボソ言いながら、その独り言に対して耳を傾けてもらう方が肌に合ってるのかもしれないとか、いろいろ考えて。でも前作で見せた光みたいなものも嘘ではなかったので。

――前作は確かに光に寄っている印象はあって、そこと比べれば今作は影もある。ただ、それがちゃんと相互に作用して、明暗を際立たせることに成功している気はします。

おお、嬉しいです。……難しいんですけどね。自分の中では『Clean Clean Clean』が強烈すぎて。

――それはどういう意味で?

やっぱり、周りの人の意見を全くもって無視した作品だったので、作品としての純度はすごく高かったなと思うんです。結局、僕は今作を作る前くらいまではそこに引っ張られてたんですよね。自分はやっぱりこっちの人間かもしれないとか、こっちのやり方をしていく方がミュージシャンとしてのスタイルなのかもしれないとか。そういう意味でも異彩を放っている作品な気はして。

――その純度の高さっていうのは、ある種の剥き出し感というか。

そう(笑)。キャッチボールじゃなくて、ただ単純に自分が球を投げ続けるみたいな作品だったんですよ。それって今の自分じゃできないかもとか思うと、あのときの自分は若かったなと思うと同時に、何も知らない強さもあったな、みたいな。戻りたいとは思わないですけど、そういう自分がカッコよく見える瞬間が今はあるかな。やっと今、そのときの自分を肯定できるようになったというか。

――『FLOWERS』の段階では『Clean Clean Clean』について、受け止められ方も含めてちょっとマイナスに捉えてましたよね。

はい。そうなんですよ。だから時が経つのって怖いなって思います(笑)。別に丸くなったわけでもないけど……あのときはすごく無防備で赤裸々で、音楽だけじゃなく、日頃生きていても全員敵だったし。そういう自分が今では、すごく愛すべき2年前の自分がいたなって思えるのが今はでかいのかな。

――メンバーとの関係や向き合い方の部分は、『FLOWERS』制作のころから劇的に良くなっていましたよね。

だいぶ、雰囲気は。前作はそこでちょっと無理してる自分もいたんですけど、今は板についたのか、より思ったことはちゃんと言いながらやれてます。何かよくない部分があったとして、ちゃんと「ここは良くないから変えてみようよ」みたいな。今までは「なんでお前が変えれないかというと――」まで言っちゃってたんですよ。

――ああー、わかる気がする。

それは言わなくなりましたね。ちゃんと作品に対して向かい合うようになったというか。人間性に対してというより、自分が思う美学のど真ん中にある作品を作るために、メンバーやチームと接するようになりましたね。

――それだけ信用や信頼も持てている。

そうですね。結構長いことやってきてるので、言わなくてもわかることってお互いあったんだなというのが、一歩引いたときに見えるようになった。指図とかして嫌な雰囲気を出すバンドよりも、みんなで同じベクトルを向いてやっていったほうが、お互いに愛せるなと思ったんですよ。自分たちの作品を自分らが一番最初に愛してあげないといけないし……自分で生きるよりもバンドで生きることを選びましたね。

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――そういう変化をしていく中で、『Four For Fourteen』へはどう向かって行ったんですか。

順序でいうと、まずはレーベルを立ち上げること。そのレーベルにチームがあって、そこでそれぞれがどういう役割で今後やっていくことが良いのか、そこで絶対に無理をしないこと。人には向き不向きがあるから、その人に合ったものをそれぞれ妥協せずに真摯にやっていくことから始めていきました。で、そこからアルバムをこのくらいの時期に出そうということになって、逆算していくとアルバムを出すまでにどうしても期間が空きすぎてしまうから、まずは今の自分の心境に近い既存の曲をリアレンジしていこう、というふうになって。

――その段階でいつごろですか。

3月くらいですかね。1月のワンマンが終わって1週間後くらいにメンバーにも「俺はどうしても自主レーベルでやりたいんだ」「付いてきてくれるなら良いんだけど」みたいな話をして、そこからは早かったです。

――ちょうどその後あたりに緊急事態宣言が出たりして。制作的には動けていました?

動いてました。ただ、メンバーとも会えない状況だったので、一旦全部一人で進めるスタイルをとって、データでやり取りして。だからずっと制作モードでしたね。

――さきほど精神的に落ちることもあったという話でしたけど、出来てくる曲にもそれは作用しましたか。

めちゃめちゃ作用したなと思います。新曲は全部その時期に書き始めたんですけど。

――サウンドの方向性は結構振り幅があるというか。美しさの部分とエグみとを、今までは結構分けてたと思うんですけど。

分けてましたね。

――今回それらが同居してる印象があって。その中でも一貫したテーマやコンセプトみたいなものはありました?

一番大きなコンセプトはリリック面なんですけど、人間愛みたいなもの……僕が思う人間愛って恋愛みたいなちょっとキラキラしたものではなくて、生きてるもの/死んでいくものとか、そういうものがあるからこそ、人間には隙間ができたりとか隙間を埋めようとしたりする。その隙間を埋める作業が人間愛だと思っているんですけど。簡単に言うと、浮き輪の真ん中が浮き輪として成立するのか?みたいな。

――はい。ドーナツの穴とかも。

そこを考えることが人間愛、みたいな。隙間を埋めていったり、何かを一つ付け加えたりさっ引く作業が、僕にとっての人間愛だなと思っていて。

――必要最低限じゃない部分、余白みたいなことですか。

はい。必要最低限のものって自己完結できちゃう。でも自己完結じゃなく誰かと生きていくことだったりって、実は無駄なことが多いですよね。だけどその無駄なことを愛せるかどうかとか、その作業に楽しさを覚えたりポジティヴな感情が芽生えたりすることが愛であって。その無駄なものに対して落ち込むこととかが無くなってしまうことが悲しかったりもして。それがあるからこそ人間らしい形になっていくのかな、みたいな。

――“不要不急”という言葉にも通じますよね。そもそもがバンドにしてもそうで、作ろうと思えば一人でも曲は作れるところを――

そうです、バンドでやるっていう。なんだかんだ、僕は面倒くさいのが好きなんですよね。文句はめちゃくちゃ言いますけど、それが今の自分の生きてる意味な気がして。自粛期間でそれが無くなったときに、面白さを全く感じなくて、だからこそメンバーとやる意味ってこれなのか、とか思ったりもしました。それが今回のテーマなのかな。

――なるほどなぁ。

サウンド面に関しては、“らしくないこと”をしないのがテーマで。単純に自分が綺麗と思えたもの、美しく見えたものを純粋に自分の歌とメロディをもって、pollyとして世に出したかった。

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――今作のライナーに、pollyは“美学に忠実であり続けるバンド”って書いたんですけど、今まではそれゆえに、「ここまではやって良いけどここからはダメ」みたいなラインを引いていた。今もそれはあるだろうけど、許容範囲は広くなったと思うんですよね。

ああ! そうですね。今までは狭すぎたなと思っていて。……ちょっとそれた話していいですか(笑)。

――どうぞ(笑)。

肉食動物と草食動物の視野の違いってあるじゃないですか。肉食動物の視野は狭いけど、草食動物は360°近く見える。俺はどっちになりたいか?と考えたら、どっちもだなと思ったんですよ。そうしたら、そのボーダーラインみたいなものが、そんなに無くなったというか。それはいろんなことに対してのきっかけになって、こういう服を着なくちゃいけないとかも今まであったんですけど、肉食と草食を考えた瞬間に無くなったんです。それゆえにすごく広がったのかなと。

――もともとは、許容できるもの/できないもの、カッコいいもの/ダサいものが、はっきり分かれているタイプでしたよね。

そのボーダーラインは絶対どこかしらにはあるんですけど……逆に、ダサいと思うものを見なくなったのかな。本当にカッコいいものに対してカッコよさを感じるようになった。昔はダサいものに対して「クソダサいな」みたいな話をしてたんですけど、今はそんなに言わなくなったんです。眼中にないというか、住む場所が違うように捉えるようになったかもしれないですね。

――逆にカッコいいと思えたものを取り込むことに対しては、躊躇はない?

全くないです。前作のプロデューサーの小林さんの言葉を借りるのであれば、音楽は共有物なんですよ。共有財産というか。もちろん著作権とかは抜きにした話なんですけど、誰もが手にしていいものだし、誰もが感じていいものだから、そういう意味ではもう躊躇はないですね。

――今作が間口の広い作品だと感じるのは、そういう部分も大きいかもしれないですね。尖っている曲は全然尖っているんですけど、それによって悪い意味で敷居が高くなるようなことはない気がして。後は入り口を入ってきてもらえれば、という。

そうだといいんですけど、僕らは入り口に立ってもらうのが苦手な人間の集団なんですよ(笑)。どうしても陰気で狂気じみてる印象があるみたいで。だからそれは良くないと思っていて、その間口まで連れてきてもらう作業をベースの須藤(研太)にしてもらおうと思ったんですけど……あいつはあいつですごくナルシズムをかざす人間なので。

――独特のナルシズムが(笑)。

僕が苦手なタイプのナルシズムなんですけど(笑)。まあ、間口に関しては地道にやっていくしかないなと思います。今回は柔らかいというか、澄んだ曲もあるんですけど、それと荒っぽい曲を共存させられたのは……嫌いがないと好きも存在しないじゃないですか。今まではどちらかに寄せてやってきたんですけど、共存させた方がよりお互いがはっきり見えていいんだろうなと思った結果なんです。

――今回はあらゆる部分で、今まで持っていた固定観念をぶっ壊すところから始まったと言えますね。

はい。一回壊した感じはしますね。なんかもう、この仕事って自分が救われないと意味がないから、まず自分が救われるためにはぶち壊すしかなかった気はします。

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――心境面とは別に、技術的な部分では新たに取り入れたことってあります?

結構あります。それこそプログラミング――シンセアルペジエーターとかシンセベースとかエレドラだったりを僕が勉強して取り入れるようになったのと、コードワークをすごく考えるようになりました。メロディにちゃんと合ったコードを鳴らすことが大事だっていう。今まではどっちかというとやりたいサウンドに対してのコード進行という感じだったんですよ。そうじゃなくて今回は歌にあったコード進行の上でやりたいサウンドを出すっていう、ワガママし放題な感じだったんですけど、それがちゃんと形になったのは、音楽を長くやっていくために得た技術がちゃんと出始めたなっていうか。

――あらためて学んだとかでもなく?

あ、でも理論から学びました。「理論なんてクソだ」「そんなのオルタナティヴじゃない」みたいな感じでずっと無視してたんですけど、なんだかんだ海外のバンドとかも緻密だし、計算されてるなと思ったんですよね。ただやりたいことをやるのがロックバンドではないような気がしていて、今は。良い歌を良く聴かせるものが楽器であり、その歌を越えていくのも楽器だなと思ったので、そこに対して何が足りないのかって言ったら僕の場合は理論だったんですよ。メロディラインに関しては昔と大差ないと思うんですけど、聴こえ方が明らかに違うのは、そういうことなのかもしれないですよね。

――それによって、頭の中のイメージをより誤差のない音で鳴らせたり?

そうですね。今作は出来上がった時点では、自分の頭で鳴っているものとわりと100%近いものでした。

――あとはインスト曲も良い感じですね。「ROOM」とか特に。

嬉しいです。結構こだわったので。「ROOM」はあえて楽器とか使ってないんですよ、音階楽器を。声は「Slow Goodbye」をリバースで持ってきてるんですけど、それ以外は全て環境音を混ぜてるんです。僕が部屋の中で混沌としていた状況にそぐうものをちゃんと出せたと思うので。「俺の頭の中、これだぞ」みたいな。インストゥルメンタルは結構気に入ってます。

――今の音楽の聴かれ方的には、アルバムを頭から通して聴く機会は減ってますけど、こういう曲が入っているとなおさら順序通りに聴いてみてほしいなと感じますよね。

本当にそうなんです。あとは今回、全体にノイズを入れていて。わかるかわからないかのノイズからあからさまなノイズまであるんですけど、それも僕の生活の周りの環境音から作って入れていて、そこも聴いてもらえると、僕はもう半歩か一歩くらい、嬉しい気持ちになります(笑)。

――この曲たちが生まれてくる場所の空気感をどことなく入れたかった、とかですか?

そうですね。自分の周りの音が入っていると、よりパーソナルになると思ったんです。といっても、俺のことを分かれよとか、そういうことじゃなくて、単純に自分の身や頭から出たものを僕も再確認したかったし、それを知ってもらえたらいいな、くらいなのかな。環境音やノイズを入れると入れないのとでは僕の中で空気感や聴こえ方が違ったので。それってやっぱり、自分っぽさがより出た瞬間なのかなって。

――気配みたいなことですか。

たしかに。気配ですね、気配。自分が生きてきた痕跡みたいな。

Text by 風間大洋

Photo by Hideya Ishima

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